ロシア ウクライナ どんな影響?

ロシアによるウクライナ侵攻が開始されてから、早や3ヵ月。21世紀の市街地での地上戦は、私たちに強烈なインパクトを与えている。
この戦争は、世界経済にどんな影響をもたらしているのか? すでに円安と物価上昇にあえぐ日本経済は、今後どうなるのか?
『日本病――なぜ給料と物価は安いままなのか』で、日本経済の問題点を鮮やかに腑分けした永濱利廣氏(第一生命経済研究所 首席エコノミスト)が、世界編と日本編、2回に分けて解説する。

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ウクライナ戦争が、世界経済に大打撃を与えた理由

2月24日に、ロシアがウクライナに侵攻を開始してから、連日激しい戦争の様子が報道されている。停戦交渉が続けられているものの、いまだ戦争終結の目処は立っていない。

同時に、全世界的に物価が高騰し、経済は大きく混乱した。局地的な戦争が、なぜ、これほど大規模な影響を及ぼしたのか。それは、ロシアとウクライナが、世界の食料・エネルギーの主要な供給元であったことによる。

戦争前2020年の世界市場における輸出シェアを見ると、ロシアは原油で世界第2位、液化天然ガス(LNG)では世界第1位のエネルギー輸出大国である。穀物においても、小麦の世界最大の輸出国はロシアで、ウクライナが第5位。トウモロコシは、ウクライナが世界第4位だ。

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大きな被害を受けているウクライナは、戦争前のように輸出ができる状況にはない。ロシアは、経済制裁によって自由に輸出ができない。こうなると、世界的に食料やエネルギーの不足が生じる。こうして、食料やエネルギーの輸入依存度が高い国ほど、厳しい影響を受けることになった。

第1節 ロシアのウクライナ侵略による世界経済への影響

2022年2月24日にロシアはウクライナへの侵略を開始した。翌日の同年2月25日に、岸田文雄内閣総理大臣は、ロシアによるウクライナへの侵略は、力による一方的な現状変更の試みであること、ウクライナの主権と領土の一体性を侵害する明白な国際法違反であること、国際秩序の根幹を揺るがす行為として断じて許容できず厳しく非難すること、G7を始めとする国際社会と緊密に連携しロシアに対して軍の即時撤収と国際法の遵守を強く求めること等の我が国としての姿勢を表明した。

ロシアによるウクライナ侵略を受けて、G7を中心とする先進国は、エネルギー分野を含め、前例の無い大規模な経済制裁を迅速に導入・実施し、ロシアとの経済・政治関係の見直しを急速に進めてきた。これを契機に、冷戦後かつてないほどに経済的分断への懸念が高まっており、自国中心主義や経済安全保障の重視により多極化が進行する国際経済の構造変化を加速させ、国際経済秩序の歴史的な転換点となる可能性が出てきている。また、新興国・途上国の多くは、ロシアへの経済制裁などの踏み込んだ措置の導入を控え、ロシアとの経済・政治関係に関して、ロシアに配慮した中立的な姿勢を示している(第Ⅰ-1-1-1図)。本節では、この侵略によって世界経済にどのような影響が及び得るのかを見ていく。

第Ⅰ-1-1-1図 各国のロシアへの対応

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1.世界経済と金融市場・商品市況の動揺

2022年2月24日にロシアはウクライナへの侵略を開始し、当初の反応として金融市場・商品市況は大きく動揺した。2022年3月にOECDが発表した報告書1によれば、ロシアとウクライナは経済規模として大きくはないものの(IMFによれば、2021年の名目GDPの規模及び世界の名目GDPに占める割合について、ロシアは1.8兆ドル(世界第11位)で1.8%、ウクライナは0.2兆ドル(同54位))、主要な食料、鉱物、エネルギー資源の輸出国であることから、ウクライナ危機が、食料やエネルギー価格を中心とした商品市況価格の高騰を通じて、世界経済と金融市場に大きなショックを与えるとしている。同報告書の分析では、ロシアによるウクライナへの侵略が早期に撤収されなければ、金融市場と商品市況へのショックによって、世界の実質GDP成長率は、侵略の一年目には1.08%ポイント押し下げられ、世界の消費者物価インフレ率が2.47%ポイント押し上げられると試算している。ロシアと貿易・投資の結びつきの強いユーロ圏への影響が大きく、実質GDP成長率は1.4%ポイント低下する見通しとなっている。ロシア経済は、成長率が10%ポイント超押し下げられ、インフレ率は15%ポイント近く押し上げられると試算されている。

IMFが2022年4月に公表した世界経済見通しにおいてもOECDと同様の見方が示されており、ロシアによるウクライナ侵略は、ウクライナにおける深刻な経済縮小とロシア経済の混乱を引き起こし、食料やエネルギーといった商品市況の高騰、貿易、そして金融を通した影響が世界経済へ波及することが想定されている。IMFが公表した見通しによれば、2022年のウクライナの実質GDP成長率は-35.0%と大幅な経済の縮小が予想されており、ロシアについても、経済制裁等の影響により、同年の実質GDP成長率は-8.5%が予想されており、両国について、前回の見通し(ウクライナは2021年10月時点の3.6%、ロシアは2022年1月時点の2.8%)からは大幅な予測の引下げとなっている。世界の実質GDP成長率は、2022年1月予測の4.4%から3.6%に0.8%ポイント引き下げられ、ロシアによるウクライナ侵略の直接の当事国ではない経済についても、ユーロ圏の成長率が3.9%から2.8%に1.1%ポイントと大きく引き下げられ、アジア地域新興国への影響も比較的大きい(第Ⅰ-1-1-2図)。

第Ⅰ-1-1-2図 ウクライナ、ロシア、世界、ユーロ圏、アジア新興地域の実質GDP成長率

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IMFの世界経済見通しでは、2022年にインフレが深刻な水準に高進することも予測されている(第Ⅰ-1-1-3図)(ただし、ウクライナについての見通しは公表なし)。具体的には、ロシアでは、資源価格の高騰に加えて、経済制裁等による物資の供給に混乱が生じることもあり、2022年のインフレ率は21.3%(前回2021年10月時点の見通しは4.8%)と2021年の6.7%から大幅な上昇が予測されている。その他にも、資源価格高騰の影響によって、2022年の世界経済のインフレ率は7.4%(前回2021年10月時点の見通しは3.8%)と2021年の4.7%からの上昇、ユーロ圏の2022年のインフレは5.3%(前回2021年10月時点の見通しは1.7%)と2021年の2.6%からの上昇、そしてアジア新興地域の2022年のインフレ率は3.5%(前回2021年10月時点の見通しは2.7%)と2021年の2.2%からの上昇が見込まれており、特にロシアへのエネルギー依存の高い国が多いユーロ圏でのインフレ率が大幅に上昇することが予測されている。

第Ⅰ-1-1-3図 ロシア、世界、ユーロ圏、アジア新興地域のインフレ率

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また、世界銀行やロシア当局からも、同国の困難な経済見通しが示されている。ロシア中央銀行が2022年5月に公表した景気見通しによれば、2022年の実質GDP成長率は-8.0%~-10.0%と大幅なマイナス成長が予測されており、2023年と2024年についても経済成長率の回復が小幅であることが見込まれている。さらに、インフレ率については、商品市況の高騰に加えて、ロシアのウクライナ侵略によってロシア国内の物資供給に混乱が生じていること等もあり、2022年は18.0%~23.0%と大幅な上昇が見込まれており、2023年と2024年についても上昇率は高水準が続くことが見込まれている。世界銀行でも、2022年4月に公表したレポートでは、2022年のロシア実質GDP成長率を-11.2%(2022年6月に公表した世界経済見通しレポートでは-8.9%へ修正)、インフレ率を22.0%と予想しており、他の見通しと同様に大幅な経済の落ち込みとインフレ高騰を見込んでいる(第Ⅰ-1-1-4表)。

第Ⅰ-1-1-4表 ロシア中央銀行と世界銀行によるロシア経済見通し

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足下のロシア経済の主要な経済指標は、上述のロシア経済についての困難な見通しと整合的な動きとなっており、経済制裁等の影響が既に現れている(第Ⅰ-1-1-5図)。具体的には、ロシアの企業景況感を示す購買担当者景気指数(Purchasing Manager Index: PMI)は、2022年4月時点で景況感の境目となる50を下回っており、同年3月時点の製造業生産は前年比-0.3%と減産に陥っている。更に同年4月の消費者物価指数は前年比17.8%の上昇となり、商品市況の高騰と物資供給の混乱の影響が示唆されている。

第Ⅰ-1-1-5図 ロシアのPMI、鉱工業生産、消費者物価指数

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こうした分析を踏まえて、金融市場と商品市況の動きを見ると、世界の株式市場の動向を示すMSCIの世界指数(先進国分)と新興市場指数は、ロシアによるウクライナ侵略の直前(2022年2月23日)と比較して、それぞれ-3.8%(同年3月8日時点)と-14.9%(同年3月15日時点)の下落となり、新興国の株価が特に大幅に下落した(第Ⅰ-1-1-6図)。紛争状態が継続する間は不安定な推移になると見られる。

第Ⅰ-1-1-6図 ロシアによるウクライナ侵略の開始以降の金融市場

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以下で議論するとおり、ロシアは石油や天然ガス等のエネルギー部門が輸出の約5割を占めており、ウクライナは穀物等の食料を主な輸出品目としている。ロシアによる侵略が開始されてからの商品市況の動向を見ると(第Ⅰ-1-1-7図)、原油価格の代表的な指標の一つであるWTI原油先物価格は、ロシア産の原油が供給不安になるとの懸念が高まったことで、2022年3月に入り2014年6月以来となる1バレル100ドルを超え、侵略開始直前と比較して34.3%と大幅に上昇し(同年3月8日時点)、その他の主要な原油価格動向も同様の推移となった。また、同年5月31日に、EUがロシア産原油(パイプライン経由を除く)の年内での禁輸措置を表明したことにより、石油の供給不安が高まったことで、同日には欧州での原油価格の指標となるブレント原油価格の上昇が見られた。さらに、天然ガスの先物価格は、米国のニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)では、ロシアによる侵略開始前に比較して94.1%の上昇となり(同年5月25日時点)、欧州での価格動向を示すオランダTTFでは、侵略開始直前に比較して2.6倍にまでの急騰も見られた(同年3月7日時点)。

第Ⅰ-1-1-7図 ロシアによるウクライナ侵略の開始以降の原油と天然ガスの価格動向

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上述のようなロシア国外での代表的な商品市況の動きがある一方で、同国国内で特有の動きも生じている。具体的には、ロシア産原油の価格動向を示す指標銘柄を見ると、アジア向けとされる東シベリア太平洋(ESPO)パイプライン経由の原油価格が低迷しており、主に欧州向けとされるウラル原油価格もロシアによるウクライナ侵略後に下落していた(第Ⅰ-1-1-8図)。後述するように、欧州諸国ではロシアに対する制裁の一環として、同国からのエネルギー輸入を制限する動きが出てきており、同国での原油在庫の増加がそうした価格動向の背景になっていると見られる。

第Ⅰ-1-1-8図 ロシア産原油の価格動向

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穀物価格の面では、両国の主要な輸出品目の一つである小麦と、ウクライナの主要な輸出品目の一つであるトウモロコシの先物価格動向を見ると(第Ⅰ-1-1-9図)、小麦先物価格は侵略開始直前に比較して62.7%もの上昇となり(同年3月7日時点)、トウモロコシの先物価格は19.7%の上昇となった(同年4月29日時点)。総じて、このような商品市況の混乱は、ロシアがウクライナへの侵略を開始し、世界経済の不透明感が高まったことによって引き起こされたものである。

第Ⅰ-1-1-9図 ロシアによるウクライナ侵略の開始以降の穀物の先物価格

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2008年9月に世界金融危機が起こった際にその影響が懸念されたように、株価の大幅な下落は、金融機関のバランスシートを毀損させることで、企業への貸し渋りや金融システム不安を惹起させるリスクがあり、金融資産価値の目減りは負の資産効果を通じた個人消費への悪影響も懸念される。また、原油や穀物等の商品市況の高騰は、関連する製品の価格に直結していることから、企業活動や国民生活への影響は重大である。さらに、エネルギーや食料の大きな価格変動は、特に新興国及び途上国の貧困層の国民生活に甚大な影響を及ぼす。例えば、IMFによるサブサハラアフリカ地域の分析レポートによれば、同地域の小麦輸入依存度は85%と高水準であり、同地域では食料が消費支出に占める割合が40%と高水準であることから、世界食料価格が高騰するとその3割以上が国内価格に反映されるほか、原油価格の高騰によって同地域の原油輸入代金が190億ドル増加し財政収支が0.8%ポイント悪化するとされており、ロシアによるウクライナ侵略の影響に対してぜい弱性があることが指摘されている2。また、食料やエネルギー等の生活必需品を中心としたインフレ高騰は、低所得国の新興国・途上国を中心に社会の不安定化のリスクを高めるおそれがあり、スリランカやパキスタン等において既に政情不安が顕在化している。侵略を開始したロシアとそれによる甚大な被害が出ているウクライナとの直接的な経済のつながりだけではなく、このような金融市場や商品市況の大幅な変動を通した間接的な影響には留意を要する。

ロシアがウクライナへの侵略を開始したことによって、ロシア経済自体が混乱するとの懸念が強まったことから、ロシアの金融市場も大きく混乱した(第Ⅰ-1-1-10図)。ロシアの通貨であるルーブルは、2022年3月7日に対米ドルでの為替レートが一時は史上最安値となり通貨価値が大幅に下落し、株式市場は低迷している。ただし、ルーブルは、足下ではウクライナ侵略以前の水準に回復しており、この背景には、ロシア中央銀行による通貨防衛を目的とした政策金利の大幅な引上げのほか、例えば、2022年2月28日に公表された、輸出企業による外貨収入の80%を3営業日以内にルーブルに転換することの義務化や、同年3月9日に公表された、民間銀行によるロシア国民に対するルーブルの外貨両替の停止等といった資本取引規制強化の効果があると考えられる。さらに、ロシアによる債務履行に対しての不透明感も強まったことから、ロシア国債の金利とクレジットデフォルトスワップ(CDS)が急騰した。ロシア側の対応としては、市場での大幅なルーブル安を受けて、ロシア中央銀行は通貨価値を防衛するために、同年2月28日に政策金利を9.50%から20%へと大幅に引き上げている(ロシアルーブルの為替レートが安定したこと等により、その後は利下げに転じている)。このようなロシアに対する懸念の高まりを受けて、主要な債務格付会社はロシアの外貨建て債務格付を、ウクライナへの侵略前の投資適格段階から債務不履行が懸念される投機的段階まで大幅に格下げし、EUによる経済制裁の一環から格付自体を停止している(第I-1-1-11表)。

第Ⅰ-1-1-10図 ロシアの金融市場と政策金利

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第Ⅰ-1-1-11表 ロシアの外貨建て債務格付

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ロシア中央銀行の統計によると、ロシア国債は発行残高の20%程度が非居住者によって保有されている(第Ⅰ-1-1-12図)。株価の影響と同様に、ロシア国債の利払いや元本支払いに対する懸念が強まることで有価証券としての価値が低下すれば、金融機関を含めた投資家のバランスシートが毀損することには留意が必要である。

第Ⅰ-1-1-12図 ロシア国債の非居住者の保有動向

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ロシアによるウクライナ侵略が引き起こした商品市況の高騰は、マクロ経済的な観点で見れば、資源国にとっては交易条件(輸出物価の輸入物価に対する比率)が改善し、非資源国にとっては交易条件が悪化することを意味し、所得が非資源国から資源国に流出しやすくなる環境が不自然な形で醸成されることになる。すなわち、商品市況の高騰は、資源国への所得移転をもたらし、輸入国における家計の購買力低下や企業収益の圧迫に繋がるため、間接的には、個人消費や世界経済成長率への下方圧力が経済へのリスクとなる。この観点から、代表的な非資源国(日本、ドイツ)と、代表的な資源国(米国、カナダ、オーストラリア、ノルウェー、ブラジル)を比較すると、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大から世界経済が正常化する過程において、物流が景気回復の顕著な地域に偏ったことや、グリーン投資需要等によって関連する資源価格が上昇したため、ブラジルの交易条件の悪化という資源国における例外はあるものの、ロシアによるウクライナ侵略が開始される前から既に、非資源国の交易条件の悪化と資源国の交易条件の改善が顕著になっていた(第Ⅰ-1-1-13図)。石油や天然ガスといった資源の貿易は、長期契約に基づいていることが一般的であるため、ロシアによるウクライナ侵略が引き起こした商品市況の高騰は、即時に交易条件に影響する訳ではなく、今後更に非資源国の交易条件を悪化させることも考えられる。今回の商品市況の高騰が時差を伴って非資源国の交易条件に与える影響には留意する必要がある。

第Ⅰ-1-1-13図 非資源国(日本、ドイツ)と資源国(米国、カナダ、オーストラリア、ノルウェー、ブラジル)との交易条件

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1 OECD “Economic and Social Impacts and Policy Implications of the War in Ukraine”.

2 IMF Regional Economic Outlook Report Sub-Saharan Africa “A New Shock and Little Room to Maneuver”.

2.我が国と諸外国のロシアによるウクライナ侵略への対応

我が国を含めたG7を始めとする国際社会は、ロシアに対する制裁を強めている(第Ⅰ-1-1-14表)。具体的には、IMF、世界銀行、欧州復興開発銀行を含む主要な多国間金融機関からのロシアへの融資の防止、デジタル資産などを用いたロシアによる制裁回避への対応、ロシア中央銀行との取引制限、プーチン大統領を含むロシア政府関係者やロシアの財閥であるオリガルヒ等に対する資産凍結等の制裁、ロシアの特定金融機関及びそれらの子会社に対する保有資産の凍結、SWIFT(国際銀行間通信協会)からのロシアの特定銀行の排除、ロシア政府による新たなソブリン債の国内発行・流通等の禁止、ロシアへの新規投資の禁止等の金融措置や、WTO協定に基づく最恵国待遇の撤回、贅沢品の輸出禁止、ロシアの軍事関連団体に対する輸出禁止、国際的な合意に基づく規制リスト品目や半導体など汎用品・先端的な物品のロシア向け輸出禁止、ロシア向け石油精製用の装置等の輸出に関する制裁、石炭・石油輸入のフェーズアウトや禁止を含むエネルギー分野でのロシアへの依存低減等の貿易措置等といった、ロシアを国際金融システムや世界経済から隔離させるための対応を講じてきている。その他、各国政府において、入国ビザの発給停止といった措置が講じられていることに加え、民間企業も、ロシア事業の停止やロシアからの撤退等の行動を示している。

第Ⅰ-1-1-14表 ロシアのウクライナ侵略に対する我が国と諸外国の対応

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3.ロシアとウクライナの世界経済とのつながり

各国におけるロシアとウクライナとのつながりを見ると、金融面での直接的なつながりは大きくはない。具体的には、国際決済銀行(BIS)の国際与信統計によると、ロシアとウクライナに対する金融機関の国際与信残高は、欧州諸国や米国、そして我が国の割合が比較的大きいものの、各国における国際与信残高総額に占めるロシアとウクライナの割合は大きくはない(第Ⅰ-1-1-15図)。

第Ⅰ-1-1-15図 ロシアとウクライナに対する各国金融機関の国際与信残高

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また、ロシアに対する国際与信残高の推移を見ると、特に2014年以降において残高の減少が顕著となっており、足下の残高(2021年12月末:1,052億ドル)を2013年第4四半期末(2,250億ドル)に比較すると-53.2%と半減している。そうした推移は、各国が、2014年のロシアによるクリミア「併合」以降に、ロシアに対するエクスポージャーを減らしており、金融リスクが管理可能な程度であることが示唆されている(第Ⅰ-1-1-16図)。

第Ⅰ-1-1-16図 ロシアに対する国際与信残高の推移

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一方で、冒頭に述べたOECDの報告書で議論されているとおり、ロシアとウクライナが世界経済に与える影響が大きいと見られるのは、貿易を通じた影響である。ロシアとウクライナの貿易動向を概観すると、WTOの集計によれば、両国は、世界の財貿易額に占める規模自体は大きくはない。2021年の財輸出においては、ロシアは4,940億ドルで世界第13位(全体の2.2%)、ウクライナは681億ドルで世界第48位(全体の0.3%)である。また、2021年の財輸入額においては、ロシアは3,039億ドルで世界第22位(全体の1.3%)、ウクライナは725億ドルで世界第49位である(全体の0.3%)。2021年のロシアの主要な輸出相手国は、中国(全体の14.0%)、オランダ(同8.6%)、ドイツ(同6.0%)、トルコ(同5.4%)、ベラルーシ(同4.7%)であり、トルコやベラルーシにおいては、ロシアからの輸入割合が比較的高く、ロシアの主要な輸入相手国は、中国(同24.8%)、ドイツ(同9.3%)、米国(同5.7%)、ベラルーシ(同5.3%)、韓国(同4.4%)であり、ベラルーシの輸出に占めるロシアの割合が比較的高くなっている(第Ⅰ-1-1-17図)。また、2021年のウクライナの主要な輸出相手国は、中国(全体の11.7%)、ポーランド(同7.7%)、トルコ(同6.1%)、イタリア(同5.1%)、ロシア(同4.2%)であり、主要な輸入相手国は、中国(全体の15.2%)、ドイツ(同8.5%)、ロシア(同8.5%)、ポーランド(6.9%)、ベラルーシ(同6.7%)であり、主要な輸出相手国にとって、ウクライナは大きな輸入元ではなく、主要な輸入相手国にとって、ウクライナは大きな輸出市場とはなっていない(第Ⅰ-1-1-18図)。

第Ⅰ-1-1-17図 ロシアの2021 年の貿易動向

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第Ⅰ-1-1-18図 ウクライナの2021 年の貿易動向

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また、ロシアとウクライナの輸出品目の詳細を見ると(第Ⅰ-1-1-19図)、ロシアの輸出品目では、石油・同製品、石炭、石油ガスといったエネルギー関連が上位品目に多く、ウクライナの輸出品目では、植物性油脂、トウモロコシ、小麦等といった食料関連が上位品目に多い。両国の主要な輸出品目は、それらを輸入に依存する国において、国民生活に影響を及ぼす重要な品目であるといえる。

第Ⅰ-1-1-19図 ロシアとウクライナの主な輸出品目

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ロシアの主要な輸出品目であるエネルギー関連品目の2020年の生産動向を概観すると、原油については、ロシアは日量1,067万バレルで、世界シェアの12.1%を占める世界第3位の生産国である。石炭については、ロシアは4.0億トンで、世界シェアの5.2%を占める世界第6位の生産国である。天然ガスについては、ロシアは6,385億立方メートルで、世界シェアの16.6%を占める世界第2位の生産国である。他方、食料関連については、小麦において、ロシアは世界第1位、ウクライナは世界第5位の輸出国、トウモロコシにおいて、ウクライナは世界第4位の輸出国、ひまわり油(2019年)について、ウクライナは世界第1位、ロシアは世界第2位、そして肥料についてロシアは世界第1位の輸出国である。上述のとおり、ロシアとウクライナは貿易規模としては大きくないものの、特定の品目については、世界の主要な供給国である(第Ⅰ-1-1-20図)。

第Ⅰ-1-1-20図 ロシアとウクライナのエネルギー生産と食料関連品目の輸出

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そのようなロシアとウクライナの主要な輸出品目を踏まえて、ロシアからのエネルギー関連の輸出額が多い上位5か国について、それぞれの国の輸入調達動向を見ると(第Ⅰ-1-1-21表)、(第Ⅰ-1-1-22表)、(第Ⅰ-1-1-23表)、ドイツといった欧州の中でも経済規模の大きい国において、ロシアからの輸入割合が大きい品目があり、ロシアによるウクライナ侵略によって、エネルギーの供給不安が高まった場合に、経済活動への影響が大きいと考えられる。また、特徴的な動向として、例えばドイツが石油及び歴青油(原油に限る)(HS2709)をオランダから輸入しており、オランダにおいても同品目の輸入割合に占めるロシアの割合が高いことから示唆されるように、調達したエネルギー関連品目を欧州各国同士で融通している可能性が挙げられる。

第Ⅰ-1-1-21表 ロシアからの石油及び歴青油(原油に限る)(HS2709)の輸出と同国からの輸出金額の上位5か国の輸入調達動向

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第Ⅰ-1-1-22表 ロシアからの石油及び歴青油(原油を除く)・調整品(HS2710)の輸出と同国からの輸出金額の上位5か国の輸入調達動向

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第Ⅰ-1-1-23表 ロシアからの石炭、練炭、豆炭等(HS2701)の輸出と同国からの輸出金額の上位5か国の輸入調達動向

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ロシアが世界でも主要な天然ガスの埋蔵量保有国並びに生産国であることを踏まえて、同国の天然ガスの貿易動向を見ていく(第Ⅰ-1-1-24図)。天然ガスの輸送では、特に海上輸送では体積を圧縮するために液化した状態での輸送が一般的であり、気体の状態では国家間を繋いだパイプライン輸送が一般的である。それを踏まえて、ロシアの液化天然ガス(HS271111)とガス状天然ガス(HS271121)の輸出を見ると、2021年の液化天然ガスの輸出は6,608万立方メートルであるのに対し、ガス状天然ガスの輸出は2,044億立方メートルとほぼ100%である。ロシアの輸出側から見れば、輸出のほとんどを占めるガス状天然ガスの輸出先は、ドイツ、イタリア、フランスといった欧州主要国が上位となっている。

第Ⅰ-1-1-24図 ロシアの液化天然ガス(HS271111)とガス状天然ガス(HS271121)の輸出

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ロシアの天然ガス輸出のほとんどがガス状天然ガスであることを踏まえて、パイプラインを通した各国のロシアからの天然ガスの輸入動向を見ていく。上述のエネルギー関連品目(石油、その調整品、石炭)の貿易動向を見る上では、貿易品目の国際分類であるHSコードを用いてきたが、ガス状天然ガス(HS271121)について、ドイツの輸入量は、欧州統計局(ユーロスタット)において2007年を最後に数値が公表されていない。このため、エネルギー関連品目の統計として一般的に用いられるBritish Petroleum社(BP社)が公表している統計を見ると、ドイツは2020年に1,020億立方メートルの天然ガスをパイプラン経由で輸入しており、その内の563億立方メートルと55.2%もの割合をロシアからの輸入に依存している(第Ⅰ-1-1-25表)。同表の中には、オランダやカザフスタンといったパイプラインを経由した天然ガスの輸出国も含まれているものの、ドイツの他にも、ロシア側の輸出統計が示していたとおり、トルコやイタリア等といった国のロシアへの天然ガスの輸入依存度が高い。

第Ⅰ-1-1-25表 各国のパイプライン経由でのロシアからの天然ガス輸入(2020年)

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ロシアによるウクライナ侵略に対して、欧州連合は2022年8月からロシアからの石炭の輸入を禁止する措置を公表しており、更に同年内にロシア産原油(パイプライン経由を除く)を禁輸する措置を公表している。また、リトアニアがロシアからの天然ガスの輸入を2022年4月2日に停止しており、EU組織としての行動ではなくとも、ロシアへの天然ガスの依存を低下させることで制裁を強めている国が出ており、EU組織としてロシアからの天然ガスの輸入を禁止すべきだとの見方の根強さを示唆している。また、ロシア側としても、同国が定める「非友好国」に対して、天然ガスの輸入代金をルーブル払いにしなければ、天然ガスの供給を停止するとの大統領令に署名しており、供給側要因のリスクも高まっている。実際に、ポーランドとブルガリアが、天然ガス代金のルーブル払いを拒否し、ロシア側によって、供給を停止されるという事態も発生している。今後の情勢次第では、特にロシアへのエネルギー依存が高い国において、供給リスクがあることには留意が必要である。

上述したエネルギー関連品目以外で、ロシアとウクライナの輸出の共通点として挙げられるのは、食料関連が主要な品目となっていることである。以下に議論するとおり、特に中東やアフリカ諸国を中心とした発展途上国において両国への輸入依存度が高くなっている。具体的には、小麦、トウモロコシ、ひまわり油、そして肥料がそうした品目に当たる。

小麦については、ロシアとウクライナのそれぞれの主要な輸出品目であり、更に両国共に世界的に見ても主要な輸出国である(国連統計によれば2020年においてロシアは第1位、ウクライナは第5位)。下図(第Ⅰ-1-1-26図)は、両国からの小麦の輸入額が、各国の小麦の輸入総額においてどの程度の割合を占めているのかを示したものである。国によって入手可能な統計の時期が異なるため単純な比較はできないものの、両国からの小麦の輸入割合は発展途上国で高いことが示されている。ロシアによるウクライナ侵略によって、小麦の収穫と作付ができなくなっており、またウクライナ南岸部の港が閉鎖されたことによって、小麦の出荷を含めた物流の混乱も引き起こされている。

第Ⅰ-1-1-26図 ロシアとウクライナからの小麦の輸入割合

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ウクライナは、トウモロコシ(HS1005)についても、同品目が同国の主要な輸出品目であると共に、世界でも主要な輸出国である(国連統計によれば2020年において第4位)。ロシアについても、ウクライナ程ではないものの、同品目においては世界で主要な輸出国である(国連統計によれば2020年において第11位)。下図(第Ⅰ-1-1-27図)は、各国のトウモロコシ輸入におけるウクライナとロシアの割合を示したものである。発展途上国や欧州において両国の割合が高いことが示されている。

第Ⅰ-1-1-27図 各国のトウモロコシ輸入額におけるウクライナとロシアの割合(2019年)

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また、ウクライナの主要な輸出品目であるひまわり油(HS1512)について、同国は世界でも主要な輸出国であり(国連統計によれば2020年において第1位)、またロシアも同様である(同2位)。下図(第Ⅰ-1-1-28図)は、各国のひまわり油輸入におけるウクライナとロシアの割合を示したものである。これを見ると、小麦の場合と同様に、発展途上国において両国の割合が高いことが示されている。さらに、ロシアのウクライナ侵略による食料価格の高騰は、他の食料油の供給にも影響しており、インドネシアでは、同国内での価格高騰や品薄状態への対応として、2022年4月28日からパーム油と同原材料の輸出禁止が措置され、同年5月23日に同措置の撤廃が発表されている。インドネシアはパーム油の主要な輸出国であり(2021年において世界第1位)、そうした供給制限の措置によって、更に価格が高騰するという影響が懸念される。

第Ⅰ-1-1-28図 各国のひまわり油輸入額におけるウクライナとロシアの割合

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肥料(HS31)については、HSコードを4桁で見るとロシアの主要な輸出品目とは見られないものの、同国は世界で主要な輸出国であり(国連統計によれば2020年において第1位で、第2位は中国、第3位はカナダ、第4位は米国、第5位はモロッコ)、今回の混乱がロシアからの肥料輸入国での食料生産に与える影響も懸念される。実際に、肥料の主要な材料であるリン、カリウム、尿素の価格動向を見ると(第Ⅰ-1-1-29図)、リンについては、関連した肥料はロシアの主要な輸出品目ではなく、鉱石の価格にも特異な変動は見られていない一方で、加工品(リン酸二アンモニウム、過リン酸石灰)の価格はロシアによるウクライナ侵略が開始された直後の2022年3月に急激な価格の上昇が見られている。また、同国の主要な肥料の輸出品目に含まれる塩化カリウムと尿素については、同年2月から3月にかけて急激な価格の上昇が見られており、特に塩化カリウムについては、ロシアによるウクライナ侵略の影響だけではなく、ロシアと共にカリ肥料の主要な輸出国であるベラルーシ(2019年において世界第2位の輸出国)に対して、欧州委員会が同年3月2日に同国からのカリ肥料の禁輸を決定したことで供給が制限されていることも関連していると見られる。新興国と発展途上国については、こうした肥料価格の値上がりによって食料生産のコストが大幅に上昇し、それが国民生活に甚大な影響を及ぼす可能性があることには留意が必要である。

第Ⅰ-1-1-29図 肥料に関連する品目の価格動向

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また、下図(第Ⅰ-1-1-30図)は2020年の各国の肥料輸入におけるロシアの割合を示したものである。これを見ると、特に発展途上国において同国の割合が高いことが示されている。ロシアによるウクライナ侵略が、小麦、トウモロコシ、ひまわり油といった食料品目の直接的な輸入だけではなく、肥料の供給リスクといった形で発展途上国の食料危機につながり得る可能性にも留意が必要である。

第Ⅰ-1-1-30図 各国の肥料輸入額におけるロシアの割合(2020年)

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上述で見てきたエネルギー関連(石油、その調整品、石炭、天然ガス)や食料は、ロシアとウクライナの主要な輸出品目である一方で、両国にとって主要な輸出品目ではなくとも、品目としての希少性によって、世界経済に影響を及ぼし得るものがある。具体的には、リチウムイオン電池を含めた電池の材料等になるニッケル、硬度が高いため航空機の部品等に使用されるチタン、集積回路の製造工程等に必要となる希ガスの一種であるネオンガス、自動車の排気ガスの有害物質の除去に使用されるパラジウムがそのような品目に当たる。

ニッケルは、リチウムイオン電池を含めた電池素材等として使用されるレアメタルである。ニッケル埋蔵量の世界分布を見ると(第Ⅰ-1-1-31図)、ロシアには750万メトリックトンの埋蔵量があるとされ、世界全体(9,500万メトリックトン)の内の7.9%を占める世界第4位の保有国である。

第Ⅰ-1-1-31図 ニッケル埋蔵量の世界分布

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ニッケル関連の品目について、ロシアからの輸入額が多い国の動向を見ると(第Ⅰ-1-1-32表)、ドイツやフランスといった欧州の主要国は、サプライチェーン上のつながりを通して、間接的にロシアとの関係が強いことが示唆されている。具体的には、ニッケルのくずについて、ドイツはニッケル埋蔵量が多いオーストラリアから直接輸入していることが同表からは示されている。他方、ドイツのニッケルのくず輸入相手国として二番目に大きいオランダは、ニッケルの塊の多くをロシアから輸入している。また、フランスについても、ニッケルのくずの輸入相手国はドイツとオランダがそれぞれ第1位と第2位であり、オランダによるロシアからのニッケルの塊の輸入を通じて、間接的にニッケル資源をロシアに依存していることが示唆されている。ニッケルのくずについて、フランスのロシアからの輸入割合は1.0%(第12位)、ドイツのロシアからの輸入割合は2.6%(第10位)と低くなっているが、オランダのロシアからのニッケルの塊の輸入によって、サプライチェーン上のつながりが生じている。貿易統計で示唆される以上にロシアへの依存度が高い可能性があることには留意する必要がある。

第Ⅰ-1-1-32表 ロシアからのニッケル輸入上位国の調達動向(2021年)

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チタンは、硬度が高い性質を利用して航空機部品等に使用されるレアメタルである。チタン埋蔵量の世界分布を見ると、ウクライナは全体の0.8%と埋蔵資源の保有国の中での規模は大きくはないが、加工品であるスポンジチタン等の生産はロシアが世界全体の12.9%を占める第3位の主要国である(第Ⅰ-1-1-33図)。

第Ⅰ-1-1-33図 チタン埋蔵量の世界分布と2021年のスポンジチタン等の生産

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チタン及びその製品について、ロシアからの輸入額が多い国の動向を見ると(第Ⅰ-1-1-34表)、上位5か国全てについて、それぞれの国のロシアからの輸入割合が上位3位以内に入っており、ロシアへの依存度の高さが目立っている。また、中国、英国、そしてフランスについては、輸入相手国の第1位が米国であり、米国のチタンの主な輸入相手国がロシアである。これらを踏まえると、上述のニッケルの場合と同様に、米国のロシアからの輸入を通して、中国、英国、そしてフランスにはロシアとのサプライチェーン上のつながりが生じていることが示唆されている。チタンについても、貿易統計から直接的に見られるよりも、ロシアからの輸入依存度が高い可能性が示唆されている。

第Ⅰ-1-1-34表 ロシアからのチタン及びその製品輸入上位国の調達動向(2021年)

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また、ウクライナは、集積回路の製造工程に使用される希ガスの一種であるネオンガスの主要な生産国であることが知られている。貿易品目の国際分類であるHSコードにおいて、ネオンガスが含まれるHS280429(アルゴン以外の希ガス)を見ると、ウクライナの主要な輸出先は、韓国や台湾といった世界で最も微細な半導体の製造技術を有する国である(第Ⅰ-1-1-35表)。それらの国において、ウクライナからの輸入割合は必ずしも高くはないが、同HSコードではネオンガス以外の希ガスが含まれていることが背景にあると考えられる。半導体製造といった世界経済への影響が重要である産業が、ロシアの侵略により混乱しているウクライナに依存していることには留意する必要がある。

第Ⅰ-1-1-35表 ウクライナからのアルゴン以外の希ガス輸入上位国の調達動向(2021年)

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パラジウムは自動車の排気ガスに含まれる有害物質を除去する触媒等の用途があり、環境への配慮意識が高まっている中で重要な役割を担う金属である。下図(第Ⅰ-1-1-36図)は、パラジウム(HS711021)について、2021年の世界生産の動向を示したものである。地域的に埋蔵量と生産量が限定されているとの現状があり、ロシアは全体の37.0%を占める世界第2位のパラジウムの生産国である。同第1位である南アフリカを含めると、ロシアと同国がパラジウムの世界生産の77.0%と大半を占めるという供給側の要因があり、代替調達先が限られていることからも、ロシアによるウクライナへの侵略がもたらす混乱が産業界に与える影響が懸念される。

第Ⅰ-1-1-36図 パラジウム生産(2021年)

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4.我が国とロシア・ウクライナとの貿易

前項では世界のロシア・ウクライナとの貿易動向を見たが、本項では我が国と両国との貿易動向を見ていく。我が国と両国との貿易額を見ると、両国は、我が国にとって主要な貿易相手国とはなっていない。具体的には、2021年の輸出においては、我が国の輸出総額の83.1兆円に対して、対ロシアへの輸出は8,624億円と割合としては1.0%であり、対ウクライナへの輸出は640億円と割合としては0.1%である。また、2021年の輸入においては、我が国の輸入総額84.8兆円に対して、ロシアからの輸入は1兆5,489億円と割合としては1.8%であり、ウクライナからの輸入は798億円と0.1%である。

また、我が国の対世界での主要な輸出品目を見ると(第Ⅰ-1-1-37表)、両国はそれらの品目について、大きな輸出市場ではない。具体的には、同表は2021年における我が国の輸出額の上位10品目(HS4桁ベース)について両国への輸出動向を示したものであり、ロシアは乗用車等(HS8703)や貨物自動車(HS8704)等と物品によっては輸出先の順位として上位になる品目はあるものの、総じて、我が国の主要な輸出品目について両国が占める割合は大きくはない。

第Ⅰ-1-1-37表 我が国の主要な輸出品目におけるロシアとウクライナの動向

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また、両国が我が国に対して輸入を通してどのような品目を供給しているのかを見ると(第Ⅰ-1-1-38表)、ロシアからのエネルギー関連の輸入割合が比較的高いことが示されている。欧州諸国ほどではないものの、商品市況での原油価格の上昇や供給不安を通じた影響は、我が国でも留意する必要があることが示唆されている。

第Ⅰ-1-1-38表 我が国の主要な輸入品目におけるロシアとウクライナの動向

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上述のとおり、我が国の主要な輸出品目について両国は必ずしも大きな市場とはなっておらず、ロシアからのエネルギー関連品目の輸入を除けば、両国は我が国にとって主要な輸入品の大きな供給源とはなっていない。ただし、我が国と世界の貿易において必ずしも主要な品目ではなくとも、両国が我が国にとって重要な輸出市場もしくは、輸入の供給源となっている品目がある。

下表(第Ⅰ-1-1-39表)、(第Ⅰ-1-1-40表)は、我が国と両国での主要な貿易品目が、世界貿易額に占める割合を示したものである。それによると、我が国からの輸出においては、対ロシアへの輸出は、乗用車(HS8703)と同部品(8708)が世界輸出全体に占めるシェアは3%前後と高くはないものの、タイヤ(HS4011)が世界輸出全体の7.3%と比較的高いシェアとなっている。

第Ⅰ-1-1-39表 我が国のロシアとウクライナへの主要な輸出品目の動向

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第Ⅰ-1-1-40表 我が国のロシアとウクライナからの主要な輸入品目の動向

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また、我が国の輸入においては、ロシアは、エネルギー関連だけではなく、白金(HS7110)や海産物(HS0303、HS0306)において主要な供給源となっており、ウクライナは葉巻たばこ等(HS2402)の主要な供給源である。更に詳細に品目を見ていくと、我が国は、一部の特定品目についてロシアからの輸入割合が高く、海産物ではうに(2021年の輸入金額の40.3%)等でロシアの輸入割合が高く、前項で触れたパラジウムについては、我が国は2021年の輸入数量の35.3%をロシアに依存している。他方、ウクライナからの輸入では、我が国は2021年のたばこの輸入金額の19.2%をウクライナに依存している。

5.我が国のロシアとウクライナ進出企業の動向

外務省が行っている海外進出日系企業拠点数調査によると、2020年10月時点において、我が国のロシアの企業拠点数は421とされ、ウクライナの企業拠点数は36とされている(第Ⅰ-1-1-41図)(企業拠点の定義は同図の備考を参照)。両国における我が国企業の拠点について、製造業と卸・小売業が拠点数の割合が高いということが共通している。

第Ⅰ-1-1-41図 我が国企業のロシアとウクライナにおける拠点数

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ロシアによるウクライナ侵略は現地に進出している日本企業の活動にも深刻な影響をもたらしている。具体的には、JETROによるロシア進出企業アンケート調査によると、同調査に回答があった111社について、製造業と非製造業の両方で撤退(撤退済み/撤退を決定)と事業停止(全面的及び一部)に踏み切った企業の割合が5割を超えている(第Ⅰ-1-1-42図)。

第Ⅰ-1-1-42図 我が国企業のロシアでの事業ステータス

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6.ウクライナ情勢を踏まえた戦略物資・エネルギーサプライチェーンリスクと安定供給確保に向けた取り組み

総じて、ロシアによるウクライナ侵略については、金融市場と商品市況の動揺がもたらす影響、両国の主要な輸出品目であるエネルギー関連や食料関連の供給混乱がもたらす影響、そして貿易額が多くはなくても両国が保有する希少資源等の供給途絶の可能性には留意が必要である。我が国では、ウクライナ情勢のみならず、中長期的な観点と、国民の生活や安全保障の観点から、重要物資の安全供給に関わるリスクの分析・対応を検討するため、経済産業大臣を本部長とする「戦略物資・エネルギーサプライチェーン対策本部」を開催し、第1回ではウクライナ情勢を踏まえ、早急に対策が必要な物資を特定し、対策の方向性を示した(第Ⅰ-1-1-43表)。

第Ⅰ-1-1-43表 戦略物資・エネルギーサプライチェーン対策本部による緊急対策骨子

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ロシアとウクライナの経済影響は?

ウクライナ侵攻が世界経済に与える打撃は、戦争そのものよりも、先進国による対ロシア制裁措置がロシアのエネルギー供給を制約し、エネルギー価格の高騰をもたらしたこと、それを受けて米連邦準備制度理事会(FRB)が急速な利上げ(政策金利引き上げ)を実施して、さらに他国の利上げを誘発しているところが大きい。

ウクライナ軍事侵攻の影響は?

軍事侵攻により約3,100万トンの二酸化炭素(CO2)が大気中に排出されたという。 ロイター通信(10月3日)によれば、これはニュージーランドの年間排出量とほぼ同水準に当たる。 また、軍事侵攻によって破壊された国内のインフラ施設や建物の復興にあたり、約7,900万トンのCO2が排出される可能性があるとした。

ウクライナ戦争の世界的影響は?

影響は主に3つの経路を通じて伝わることになる。 第一に、食料やエネルギーといった一次産品の価格上昇がインフレをさらに押し上げ、その結果、所得の価値が低減し、需要を圧迫することになる。 第二に、周辺諸国を中心に、貿易やサプライチェーン、送金が混乱することに加え、歴史な難民流出の急増に対処することになる。

ロシアのウクライナ侵攻で経済はどうなる?

西側諸国は軍事侵攻を受けて協調してロシアに迅速かつ厳しい経済・金融制裁を課してきた。 具体的には経済(貿易)面では半導体などの戦略物資のロシアへの輸出停止やロシア産資源の輸入停止、金融面ではロシアの個人・企業・銀行(中銀含む)の資産凍結や一部銀行の国際決済網からの排除などが挙げられる。